関東地方で越冬するのはほとんど亜種オオアカハラである

思い切ったタイトルにしてみましたが、個人的に考えている仮説です。

 まず、アカハラTurdus chrysolausは日本とサハリン・千島のみで繁殖する極東固有のツグミ類です。T. c. chrysolausアカハラとT. c. oriiオオアカハラの2亜種が記載されており、国内で繁殖するのが亜種アカハラ、サハリン・千島で繁殖するのが亜種オオアカハラです(Brazil, 2009)、(以下、「アカハラ」は種Turdus chrysolausを指し、それぞれの亜種には亜種~として表記します)。日本鳥類目録第6版(日本鳥学会、2000)では、オオアカハラの越冬地には全く触れられておらず、南千島で繁殖、とだけ記されています。これは分布から考えてかなり不自然ですが、日本国内で越冬するアカハラの亜種の識別が困難であることから慎重に扱っているのだと思います。

 アカハラがどのような遺伝的な個体群構造をもつのかは明らかになっていないと思います。越冬地での議論は軽視されがちですが、長距離をわたる鳥たちの遺伝的な構造が越冬地でも維持されるかどうかは、鳥類の種分化を考える上でも面白いテーマだと思います。そこで、越冬地でのアカハラ♂の形態的特徴の地理的変異から、両亜種の越冬分布について考察したいと思います。

 アカハラ♂の亜種オオアカハラ的な主な特徴とは、真木・大西(2000)によると、
(1)体が大きくてシロハラのでかいやつくらいある(足環サイズも亜種アカハラ4番、亜種オオアカハラ5番、シロハラ5番;標識調査マニュアルより)
(2)嘴が長くて太い
(3)頭の黒味が強くアイリングの黄色が太く上面のオリーブ色が濃い(所謂”アカコッコ的特徴”)
*計測値データもどこかにあると聞いたのですが、手元にないのでそのうち追記します。

 脱線しますが、島の法則(Island Rule)では、小形動物は大型化しますが、アカコッコとオオアカハラが生息地を異にしながら体サイズや体色などで類似して進化しているのは面白いと思います。アカハラらへんは種間のmtDNAの遺伝的変異が小さいらしく(昔科博で聞いた)、オオアカハラの遺伝的な分化程度がどのくらいなのか興味深いです。

 野外では、ちゃんと見ることができれば両亜種は♂であれば識別可能ではないかと感じています。
 Jizzはかなり異なるように思います。関東で冬見かける♂のアカハラは、この特徴を満たしているものがほとんどだとおもいます。以下に僕が撮影したアカハラの写真を貼ります。手に持っているのはすべて環境省の鳥類標識調査中に撮影された写真です。

d0146038_0255628.jpg写真1:亜種オオアカハラ♂成鳥20101113茨城県つくば市

d0146038_0263727.jpg写真2:亜種オオアカハラ♂成鳥20101113茨城県つくば市(写真1と同一)

d0146038_0281956.jpg写真3:亜種アカハラ♂成鳥(2個体)20100504新潟県新潟市

d0146038_029981.jpg写真4:亜種アカハラ♂成鳥20100504新潟県新潟市(写真3の手前の個体と同一)

d0146038_0314827.jpg写真5:亜種オオアカハラ第一回冬羽性不明20101223茨城県つくば市

d0146038_0325337.jpg写真6:亜種オオアカハラ第一回冬羽性不明20101223茨城県つくば市(写真5と同一個体)

d0146038_0335374.jpg写真7:たぶん亜種アカハラ第一回冬羽♂20101122茨城県取手市(渡り途中にアシ原で捕獲)

d0146038_0352480.jpg写真8:たぶん亜種アカハラ第一回冬羽♂20101122茨城県取手市(写真7と同一個体)

d0146038_0373234.jpg写真9:亜種オオアカハラ♂成鳥冬羽20110323茨城県土浦市

d0146038_0383476.jpg写真10:亜種オオアカハラ♂第一回冬羽20110323茨城県土浦市



 表題の仮説は僕が中学生のころから感じているものです。実家近くの林で冬見かけるアカハラ♂はほとんどが頭のどす黒い個体ばかりで、繁殖期に富士山とか山の方で見かけるものとは大きく異なるように感じていました。一方、春秋の渡り時期に群れで通過している個体は、華奢で♂でも顔のあまり黒くない個体が多く、亜種アカハラではないかと考えられるものも観察したことがあります。
 神奈川県三浦半島周辺での2000年から2010年位までの観察で、越冬期に亜種アカハラ♂と考えられる個体を見たのは、2010年1月に稲村ケ崎の照葉樹林の林床で観察した1回のみです。顔の黒色味がほとんどなく、華奢で、亜種アカハラであったと考えています。このほかに関東地方で越冬期に亜種アカハラタイプを見聞きしたという話・写真を聞いたことはありません(あんまり注目されてない&僕が覚えてないだけかもしれません)。今までに見たいくつかのHPやブログで亜種アカハラとしてあつかわれているものは、亜種オオアカハラのJizzが感じられるものばかりでした。
 僕は南西諸島での鳥見経験は少ないのですが、沖縄で撮影されてウェブで公開されているアカハラの写真は、ほとんどが亜種アカハラのように見えます。これこれこれ
また、関西の知人から、関西では越冬期にはアカハラがほとんどみられない、という話も聞きました。


【こうさつ】
 関東地方では、亜種アカハラは越冬期には少なく、ほとんどが亜種オオアカハラのタイプであると考えられます。(Brazil, 2009)によれば、亜種アカハラの越冬分布域は本州中央部から南日本と中国南東部、台湾、フィリピンであり、亜種オオアカハラは日本から南西諸島であるそうです。沖縄で亜種オオアカハラの記録があるのかは不明ですが、少なくとも現在の情報からは、亜種オオアカハラの太平洋側での越冬分布はアカハラより東にシフトしているといえます。さらに、上記のような地域間での越冬個体群の形態的な差をかんがみると、両亜種の越冬地は結構はっきりと分離している可能性も示唆されます。すなわち、亜種オオアカハラは関東あたりの東日本で越冬、亜種アカハラは九州~南西諸島以南で越冬、という具合です。今のところこのような説は聞いたことないです。

 アカハラの頭部の黒色味は、光の当たり具合により変化するので注意が必要であることが、松田道生さんにより指摘されています。両種を野外で識別する際は(ほかの鳥と同様に)光条件や鳥の姿勢などにも留意する必要があるでしょう。

 そもそも、亜種アカハラと亜種オオアカハラがクラインでないとは言い切れません。北海道ではオオアカハラのような頭の黒い個体を繁殖期に見ることがある、と聞いたことがあります。両者の中間的タイプが存在する可能性があると思います。
 今後、アカハラの繁殖地間での遺伝的構造と統計学的な形態的差異を明らかにし、それに基づいて越冬地での個体についてどのタキソンに当てはまるのかを検証することで、アカハラの亜種の分類と越冬地の分布の問題は解決されるのではないでしょうか。また、ツグミ類など鳴禽ではさえずりが生殖隔離のキーになりますので、音声学的な分析も個体群構造の理解には重要でしょう。


 僕の経験不足からくる明らかな間違い・表現の誤り・いい過ぎ・不足など多々あると思いますので、ご意見・コメントなど歓迎いたします。
久々にまじめ目な文章を書くと疲れましたが、今後も時々書いていけたらいいと思います。
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by synthliboramphus | 2011-03-25 00:19 | 識別 Identification